(伝説) 阿 弥 陀 ケ 池 跡 の 碑 − 柏原

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阿弥陀ケ池跡の碑


碑 文

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55 (伝説) 阿 弥 陀 ケ 池 跡 の 碑 − 柏原

 洞山入口

(碑 文)

昔こゝに傅教大師自作の阿弥陀如来を本尊として、山鹿城主も崇拝した善福寺があった。大内兵乱のとき戦禍をさけるため和尚は尊像を坂下の井戸に納め逃げ去った。ある夜浜中伊右ヱ門の枕頭に雲水現われ夢でお告げがあり、早速井中を探したところ本尊が出て来た。浦人はこれよりこの井戸を阿弥陀ケ池と呼ぶようになった。浦人たちの厚い信仰心と、今は埋められてしまった阿弥陀ケ池を偲びこの碑を建てる。

※昭和三十一年(一九五六)七月道路拡張のある以前、善福寺はこの碑の前にあったが、現在はこの東方三〇〇メートルの所に移転している。この善福寺の本尊阿弥陀如来にまつわる話が伝えられている。大内大乱に際して時の住職は戦禍を憂え、この尊像を坂下の井戸に納置して何処にか逃れ去った。

物情騒然の折柄のこと、浦人は尊像の行方を気にする余裕など勿論なく、中には由緒ある此の尊像も戦禍を蒙むって紛失し、再び礼拝されぬものと思い込んだ者も尠なくなかった、然るにある夜のこと、日頃から信心厚く神仏の加護に帰依していた浦大、浜中伊右ヱ門方の表戸を叩く者があった。伊右ヱ門が表に出ると墨染の衣を纒うた一人の雲水が現れ伊右ヱ門に対し「当寺に鎮座せる伝教大師作の虎の子大悲の阿弥陀仏は、近江守の乱に紛れて坂下の井戸に沈めてある。其の像を取り出して安置すれば、永く村中全女のお産を守るであろう」といゝ終るや忽然と姿を消した。夢から覚めた伊右ヱ門は尊像の来迎に狂気せん許りとなり、浦人を集めて井中を捜すと果して阿弥陀如来の尊像現われ浦人は悦んで念仏した。

                  (芦屋の栞)