山 鹿 村 役 場 の 跡 の 碑 −(三軒屋)

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山鹿村役場の跡の碑 −(三軒屋)


碑 文
この辺りは明治の終わりの護岸工事で跡形もなくなった


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29 山 鹿 村 役 場 の 跡 の 碑 −(三軒屋)

 (碑 文)                 山鹿九−一七

明治五年(一八七二)それまでの触を区、触口を戸長、庄屋を副戸長と改めた。同六年大区小区制が布かれ山鹿村・魚町・柏原浦は第五大区第二十四小区となった。のち幾度かの制度の改革があったが明治二十二年の町村制施行により山鹿村となった。明治三十八年山鹿村は芦屋町と合併した。それまでの山鹿村役場はこの地に置かれていた。