麻 生 神 社

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麻生神社への階段、右にあるのが鳥居



鳥 居 (麻生神社)− 明治二十四載(一八九一)一月



石 祠 − 明治三十稔(一八九七)八月

花崗岩で正面上部に菊の御紋章


子供相撲が行われていた



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49 麻 生 神 社 −

 元町区より柏原に通じる道の右側で山鹿小学校北側の小山の上にあり、地主神社ともいう。

※安徳帝同母の御妹にて、平家没落の後、樵夫になった氏尾蔵人に守られて粕屋郡篠栗の平家谷に隠れ居ませるを、麻生西念法師(時家)が頼朝に請いて自ら彼地に至り背負い帰りて養育し奉り、後に其の子麻生小次郎兵衛資時に娶せ奉りし紅梅姫、御逝去の後山鹿に葬り奉りし由見えたれば、戒は此の姫君を地主の神と崇め祀りしには非ざるか。と 遠賀郡誌)

※一説には麻生上総介興春の男子の墓を祭ったものだともいう。

◎鳥 居 (麻生神社)− 明治二十四載(一八九一)一月

◎石 祠 − 明治三十稔(一八九七)八月

 花崗岩で正面上部に菊の御紋章が刻まれている。昔は社殿があったが、現在の石祠はのちに造られたものである。